私は小説というものをほとんど読みません。これは、憲法学者だった田上譲治先生もそ
うだったと、お弟子の先生から聞いたことがあります。なぜなら、小説はフィクションに本質が
あるわけで、極端な話、ウソの話には興味がないのです。
この点、知の巨人ともいわれる立花隆氏が坂本龍馬の暗殺場面を記録した目撃者の記事と司馬
遼太郎の小説との違いを、以前、「ほう書月間」に書かれて批判しておられました。私も同意見
です。その立花氏が第1回司馬遼太郎賞だかを受賞されたのにはがっかりしましたが。
ですから、話を戻して、小説としての新撰組にも、三島の小説にもほとんど興味がありません
し、三島の小説はちょっと読んだ限りでは倫理上どうかと思われる耽美的なものが多いと思いま
す(それが常識でしょう)。
むしろ、ですから、「三島のそれ」で「政治」をやられたのではかないません。ただ、彼も一
応「評論」とジャンル分けされるものを書いていますので、それは一応私も見ています。そうい
う前提ですが、まず陽明学なるもの、これについても私は素人ですが、ただ、大きな儒教の潮流
の中で、王陽明は専制型の朱子学の逆だったことは事実のようで、その意味で私は評価したい。
ただ、三島が陽明学と葉隠とが関係あるようなことを「葉隠入門」などで述べているのは明ら
かな誤りでしょう。当時の佐賀藩は仏教型の常朝らと儒教、特に朱子学大好きの鍋島綱茂路線と
のあつれき(といっては言い過ぎかもですが)があって、その結果、昔をよし、つまり、仏教武
士道をよしとする葉隠が生まれたわけで、陽明学は関係ありません。陽明学は「考えのタイプ」
が禅などと似ているということはあっても直接陽明学の葉隠への影響はない(実は宋学たる朱子
学も仏教の焼き直しと言われています。簡単に言えば習合しているわけです)。
そのことは三島と東大の相良亨先生との対談でも指摘されています(筑摩書房の「日本の思
想」の対談。絶版のはず)。
ですから、彼の「葉隠入門」はセンセーショナルなだけで、ほとんど価値を感じません。彼が
自殺する時のことはよく覚えていますし、関係者とも接触がありますが、私の大きな関心の的で
ある2・26事件の青年将校と彼とは全く違う。強いていえば彼にも「恋けつ」つまり宮けつ
(皇居の門)を恋うるという青年将校(例えばば、同名の本を書かれている黒崎貞明氏)のよう
な面もありますが(「なぜすめろぎは人となりたまいし」、つまり天皇陛下はなぜ人間宣言など
してしまわれたのですか。それでは神として尽くしてきた我々が浮かばれないではありません
か、あたり)、その論理的精緻さは青年将校の比ではありません。
この、「なぜすめろぎは・・」の感覚はある意味で台湾の皇民教育を受けた人の言いたいこと
とも言えます。天皇の民として成長したのに、突如「中国人」にされてしまったのですから。私
の知る台湾の大学教授は正にこの部分を言われていました。
こういう、実体験を持った人に比べれば三島は同じ言葉を述べても観念的です。この点は青年
将校との関係でも同様で、結局のところ、昭和初期の農業恐慌時、部下の実家が妹を女郎屋に売
らなければならないというのに、死ねと命ずる上官という深刻な立場にあった青年将校と、恵ま
れた家庭の三島とではおよそ世界が違うとしか言いようがないでしょう。
彼の死の直後、彼を精神に異常を来たした人扱いしていた政治家が、今ではすっかり宗旨変え
して、賛美の言葉
など述べているのを見るにつけ、ここでも若い人が考え違いをさせられてはたまらないと思うの
みです。
三島由紀夫について
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