葉隠の諸相

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「佐賀の『西洋』から考える『葉隠』のこと」

葉隠の諸相 ―「佐賀の『西洋』から考える『葉隠』のこと」―嘉村孝県人会の行事として、目黒駅前の久米美術館を訪問したのは平成三〇年のことでした。久米邦武、久米桂一郎という佐賀が生んだ大学者及び大画家ゆかりの品々を拝見しました。美術館の特別なお...
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鎌倉武士の全国展開と佐賀のグッズ

葉隠の諸相 ―「鎌倉武士の全国展開と佐賀のグッズ」―嘉村孝佐賀県に鎌倉時代に多くの鎌倉武士がやって来たことは有名ですね。千葉一族が代表的ですが、鍋島直茂の奥さんの石井さんの家もそうですし、武藤さん、渋谷さん……『葉隠』の中にはたくさんの鎌倉...
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古代の荘園制度と遣唐使や遣隋使の話

葉隠の諸相嘉村孝前回は山本常朝さんが最も大切にした佐賀藩内の三カ所のうちの佐賀市嘉瀬町・徳善院の話から始まって、佐賀県を含む北部九州には仁明天皇が中国から薬を輸入される話し以来、京都の仁和寺の領地が多いということを書きました。そして、その荘...
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徳善院から覚鑁上人へ

葉隠の諸相   ~徳善院から覚鑁上人へ~嘉村孝 山本常朝さんが最も大切にした場所はどこでしょうか。『葉隠』そのものには書いてないのですが、『愚見集』という本に三カ所があります。一つは鍋島家の菩提寺・高傳寺です。もう一つは佐賀市内に今も残る万...
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徳善院から覚鑁上人へ

葉隠の諸相   ~徳善院から覚鑁上人へ~嘉村孝 山本常朝さんが最も大切にした場所はどこでしょうか。『葉隠』そのものには書いてないのですが、『愚見集』という本に三カ所があります。一つは鍋島家の菩提寺・高傳寺です。もう一つは佐賀市内に今も残る万...
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佐賀と元寇

葉隠の諸相   佐賀と元寇嘉村孝 前回は松浦佐用姫を取り上げましたところ、様々に国際的で面白い、というご感想をいただきました。それで、もう一つの国際的な話し、元寇を取り上げてみようと思います。元は、一二七四年(文永の役)、一二八一年(弘安の...
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松浦佐用姫伝説について

葉隠の諸相「松浦佐用姫伝説について」嘉村孝 松浦佐用姫の話について、唐津地方には、「六世紀初めころ、大伴狭手彦は朝廷の命を受け、任那・百済を救援するため軍を率いてこの松浦の地にやってきた。しばらく軍をとどめている間に、土地の長者の娘『佐用姫...
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佐賀の「道」あれこれ

葉隠の諸相  佐賀の「道」あれこれ嘉村孝   東京佐賀県人会では先日、市川市の日蓮宗・中山法華経寺を訪ねました。この寺と佐賀県とが深いかかわりを持つことは何回かふれたところです。そこで鎌倉時代、この寺から佐賀へ、どういう道をたどったか、考え...
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『海東諸国紀』と佐賀の侍たち

葉隠の諸相  『海東諸国紀』と佐賀の侍たち嘉村孝   鍋島氏の前の北部九州の主が鎌倉以来の名族少弐氏、つまり別名を武藤という武蔵の藤原氏、即ち源頼朝政権により、横浜辺りから太宰の少弐に補された氏族であったとはたびたび記しました。それが、特に...
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英彦山と葉隠

葉隠の諸相 「英彦山と葉隠」嘉  村  孝『葉隠』の中には、鍋島家のルーツについて語られたところがありますが、二説あって、一つは武蔵から来た武藤氏が、太宰の少弐に補され、その少弐氏の特に教頼から別れたとする説。近江の佐々木源氏から別れたとす...
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