徳善院から覚鑁上人へ

    葉隠の諸相   ~徳善院から覚鑁上人へ~

嘉村孝

 

山本常朝さんが最も大切にした場所はどこでしょうか。『葉隠』そのものには書いてないのですが、『愚見集』という本に三カ所があります。

一つは鍋島家の菩提寺・高傳寺です。もう一つは佐賀市内に今も残る万部島です。この二つは市内に住んでいる方はよくご存知ですよね。そして、もう一つが、佐賀市の西の方、県立病院好生館の東側にある徳善院です。以前もふれましたが、「東京に佐賀を探す旅」をしますので、改めて。

この徳善院、実は鍋島直茂のおじいさんにあたる清久という例の赤熊の面で有名な人が、毎年福岡、大分の境にある彦山に登って、なんとか鍋島家が肥前の主になれるようにとお願いをしていたわけです。そうしたところ、ある日崖の上から転げ落ちて、手の中に入っていたのが阿弥陀様。そこで、この阿弥陀様を大事にしてますます彦山信仰を深めていたところ、とうとうその孫の鍋島直茂に至って、佐賀の主になることができました。そこで、その彦山権現のお札を配る場所になったのが徳善院です。

ですから、そのお寺の北西には彦山が祀られており、神仏習合のため御寺ではありますが立派な鳥居があり、その字は少年の時韓国から連れてこられて、鍋島勝茂に殉死した洪浩然の字で、その南には彦山山伏と坊さんの坊がありました。ところが明治初めの廃仏毀釈と戦後の農地解放で、彦山との関係が絶たれ、鍋島家の庇護もなくなって、昭和三一年には、立派な山門を取り壊すまでに至ってしまいました。しかし、最近は再び立派な佇まいであり、ホッとしてるところです。

☆       ☆

もっとも、徳善院は昔からそういうお寺だったというわけではありません。その昔、若楠会の郷土訪問で伺ったとき、住職さんがお寺のいわれを話してくださいました。それによると、この寺は、相当古い真言宗御室派の寺ということです。

そもそも北部九州、佐賀のみならず福岡も含めて京都の仁和寺即ち御室の領地が多いわけです。これはなぜかと言いますと、平安時代の初め、仁明天皇という方がいましたが、この天皇が体の具合があまりよろしくなかったので、中国から薬を取り寄せるために自分の息子を太宰の師にした。この人が後の光孝天皇になりました。その子が仁和寺に住まいした宇多天皇です。

そんなわけで、仁和寺の「仁」は、仁明天皇の「仁」というわけで、光孝天皇の子・宇多天皇は仁和寺に御所を置いたので「おむろ」という名前もついています。そんなわけで、北部九州に、太宰府はもちろん貿易の根拠地としての仁和寺の領地がたくさん置かれていたわけです。例えば、藤津郡の一番南にある竹崎観世音寺もやはり仁和寺の末寺です。

また、神埼市にある仁比山神社も、「仁」は、やっぱり仁明天皇の「仁」。そして比叡山の「比」を合わせたものです。佐賀県の基層に仁和寺があるわけです。

そのことが、先にもどこかに書きましたが、藤津庄に生まれた覚鑁(かくばん)上人という人につながってきます。この人は藤津郡、今の鹿島にある誕生院で生まれて仁和寺に入り、さらに高野山に行って一番偉い人になりました。しかし、改革をめぐる軋轢から高野山を離れて、今の和歌山県根来に行き根来寺を作ったわけです。

これがつまりは新義真言宗であり、根来寺にある根本大塔は木造ながら、高野山のコンクリートの根本大塔に勝るとも劣らない素晴らしい塔で、巨大な寺院です。秀吉によってほとんどが焼け落とされてしまいましたが、それでも、今でも大きなお寺です。

そして、その奈良における末寺が長谷寺つまり真言宗豊山派の本山であり、もう一つの本山・京都の智積院は、いわゆる智山派です。そして東京の豊山派の末寺が護国寺であったり、智山派の末寺が成田山新勝寺であったり、川崎大師であったりというわけですが、残念ながら、成田山に行っても、そんなことは少なくとも見えるところには全く書いてありません。あるいは先年、国立博物館で仁和寺展がありましたが、図録にも全くと言ってよいほどふれられていませんでした。

このあたりも佐賀県人としては、もっと覚鑁上人のことをしっかり取り上げてほしいなと思っている次第です。ちなみに、和歌山県立博物館では、しっかり紹介されています。

一方、豊山派の護国寺には弘法大師とともに興教大師・覚鑁上人を祀ったお堂があります。

以前もお参りしたのですが、このたび久しぶりに「佐賀を探す旅」をしてみよう、というわけです。

東京に佐賀を探す旅 ~護国寺と大塚先儒墓地~

葉隠の諸相にも書いたとおり、護国寺の元は佐賀の覚鑁上人に由来します。

そして護国寺にはしっかりとその覚鑁上人が祀られていますので、まずはそちらにお参りしてみたいと思います。さらに大隈重信さんら維新の人々の墓もあったり、変わったところでは大山倍達さんとか有名人の墓があったり。

その東隣にあるのが大塚先儒墓地で、そこには今の佐賀市精町に生まれた古賀精里やその息子穀堂らの墓もあります。儒教の学者なので、いわゆる儒式の墓になっているのを見るのも面白いかと思います。

参加費は無料です。

日時  :五月一〇日(土)午前一一時

集合場所:東京都文京区大塚五‐四〇‐一 

護国寺仁王門前(東京メトロ有楽町線 護国寺駅前)

タイトルとURLをコピーしました