葉隠の諸相 公主と駙馬の話から、秀吉、直茂らの戦いの意味へ
嘉村孝
前回、もとはといえば、武蔵の藤原氏つまり武藤氏が、鎌倉時代の初め、源頼朝の命により、太宰の少弐に補されて九州に行き、室町時代、中国地方の大内氏との特に貿易上の争いにより対馬に押し込められていたところから話を始め、応仁の乱による少弐の大宰府奪回など色々なことがあったことを書きました(ちなみに鍋島家の祖先については近江の佐々木氏説とともに、少弐教頼の子孫説があります)。
そのころの対馬と韓国との関係は極めて興味深いもので、足利義教を殺し、嘉吉の乱を起した赤松満祐の弟赤松則繁は、(少弐の助けを借りて)韓国に逃亡し、そこで大暴れ。日本に復帰して、今の奈良県・当麻寺で遂に追い詰められ、自害しました。やったことはメチャクチャですが、彼らの遠大な行動には感動します。
その韓国における自分認識、つまり中国を「兄」とし韓国を「弟」とするという在り方が、そのころの、また今でも、アジアの歴史全体を考えるのに極めて重要な前提だと思っています。
特に、室町時代における中国と李氏朝鮮との「兄と弟」の視点から見ると、日本は弟以下で、ほとんど数に入らない、それは日本が統一国家として成り立っていなかったからということが一つの理由です。
ちなみに弟・韓国の「北」はどうなのかというと、日本で言えば平安時代から鎌倉時代にかけて、旧満州の東には金が。そして、金を滅ぼしたモンゴル・元と元のそのまた前の契丹(遼)があり、これらが中国と兄弟関係を結ぶだけでなく、強力な女真(金)が高麗を弟にする時もありました。いわば大家族的なアジアの動きがあったということです。そして、面白いのは、これら弟の内、中国の影響を大きく受けたのちの韓国以外は、遼も元も金も…男性は日本の侍と同様頭を剃っています。武闘派なのです。
この経緯については、池内宏、田村実造など学者の先生方の分厚い本が何冊もあります。
そんな中で「公主降嫁」の話は重要です。即ち、中国とその周辺諸国とが「兄と弟」の関係になった場合、兄が弟に、兄のところのいわばお姫様を奥さんとして降嫁させるということが行われたわけです(公主はお姫様)。
そして、公主と結婚した弟の方は、駙馬(駙馬都尉)という地位になります。駙馬都尉はもともと皇帝の馬の予備の馬の世話をする人でしたが、いわばお婿さんとして極めて重要な位置を占め、かつ、であるが故に皇帝つまり兄の方からたくさんのお土産をもらうことができました。実質的な貿易です。このようなことが魏晋南北朝辺りから、あるいはその元を尋ねれば漢の時代の王昭君などに行き着くのでしょうが、そんなことが行われてきたということです。
この公主降嫁は、上記のとおりもとは中国の王朝と周囲の国との関係でしたが、それだけでなく、契丹と高麗、金と高麗、元と明というふうに、北の諸国の東西南北間で行われるようになりました。
そして、以上の兄と弟の関係は、駙馬とまではいかなくても、朝鮮と日本との間にもあったように思います。それが前回紹介した『海東諸国紀』にある李氏朝鮮と、佐賀県で言えば千葉一族、中原の節度使つまり渋川氏、唐津の鴨打氏、そして極地的な勢力となった少弐氏等との関係です。これらは、日本が統一国家でなかったとき、朝鮮から日本の一種の地方政権としての、駙馬よりもっと小さいながら一定の地位を得ていたことによるのだと思うのです。もっとも、それより前は、中国(明)から征西将軍懐良親王が日本国王に補されていたということもありましたが。
ところが、日本が秀吉による統一国家を成し遂げた時に、秀吉はそんな観念は無視しました。それが秀吉による文禄・慶長の役ということになるでしょう。つまり、アジア的な法的制度、駙馬制度、冊封体制に対して全く違う観念をぶつけたのが秀吉であり、その家来であった鍋島直茂でもあったということでしょう。『葉隠』の中には、その折の数々の武将の話が出てきますので、こんな見地から『葉隠』を読んでみるのも面白いのではないかと思うのです。
また、特に武士道や、日本の昭和の歴史との関係で考えると、肝心なことは、その降嫁した公主が自分たちの宗教を弟のところに持ってきたということ、しかも国際関係から、時代によって持ってくる宗教が違って、特に、満州族(女真)が起きてきたとき、満州族は、先に追い出されたとはいえ強い力を持っていた北元から公主を娶るということをしましたので、その時、持ってこられたものがチベット仏教、つまりはモンゴル仏教だったということです。その前の契丹の場合は、北魏的な仏教だったのですが、特にフビライ・ハンの影響でモンゴルの仏教はチベット仏教になり、一五七七年のダライラマとアルタン汗との会談は決定的なものになって、チベット仏教に。その満州族が江戸時代の一六四四年に中国に入った時、それを拒否する明人が長崎や佐賀に入って、山本常朝の言う「上方風」の武士道ができてきた。そんなことになるかと思います。
