明けましておめでとうございます

(添付1) 1136597715.1.NEC_0034 (添付2) 1136597715.2.NEC_0033 ご来所ありがとうございます。
遅い年賀状になってしまいました。

私の「武士道」議論については、なぜそれが「武士道」論なの?という声もたまにない
ではありません。
そもそも武士道なる言葉は、外来性の強い、ここ何百年かのもの。そこで、武士の生き
方としてとらえると、それには様々な生き方があるので、自然、間口も広がるし、人
間、いざという時には「武士道」を口にして死んでしまう人もいるので、論ずべきこと
も増えます。
最近、2,3年前に言葉を交わしたある先生の本が、ベストセラーになっていますが、
その中でも、武士道が語られ、私の本はお読みいただいたのですが、私とは少々異なる
見解が書いてありました。

そんな、「武士道」、それも葉隠が口にされた戦争がビルマ(ミャンマー)の戦争でし
た。
写真は、18師団壊滅の中部ビルマの一こま。ボケた写真は、実は川の中。遠くに見え
るのは橋です。今は乾季で、雨季になるとたちまち濁流渦巻く巨大な川になる。もう一
つは路傍の草ですが、雨が降らないので、このようなとげが一杯。こんなところで、匍
匐前進も何もあったものではありません。もちろん遮蔽物なしで、壊滅は当たり前。精
神論は通用しないのです。

問題は、そういう実態を踏まえた戦略がとられたかで、陸軍省・参謀本部のエリートの
資質、発想、そして人事という組織の問題を考えないわけにはいきません。
現代でも、平時の戦争ともいえる外交交渉にあたる外交官の人事が、まるで昔の「会議
は踊る」状態では話になりません。エリートはど田舎の国にやって、土くれを手で掴ま
せること。中東某国の大使はちゃんとアラビア語が話せる人にすべきこと、です。
そして、あのようなところで、戦争をさせて、300万人もの国民を死なせた為政者の
責任をどう考えるか、これが単なる精神論ではいけない最重要の深く考えるべき問題で
す。

それらが、葉隠でいう本当の「実」でしょう。

では今年も宜しくお願い致します。
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