| 2005/5/16 (月) 00:23:14 – 嘉村孝 – No.1116169995 連休の間に仕事で行ったのが、さいたま市の東浦和。 駅の北に清泰寺という天台宗の寺を発見。 この寺は、平安時代初期の高僧慈覚大師円仁によって開かれたと伝えられて、本尊は 十一面観音立像(秘仏)で、江戸時代初期の作とされているとか(浦和市指定有形文化 財)。 境内には、おびただしい庚申塔があり、これは、天明三年(1783)と万延元年 (1860)に建てられたものといいますが、かつてこの掲示板に載せた柏市の板碑の ある神社にも同じタイプのものがたくさん。つまり多分、石工の行動範囲を知ることが できる史料ともいえるかと思います。 一方、ここにある武田信玄の娘・見性院の墓は感動的。 見性院は、穴山梅雪(武田信玄の武将)の妻でしたが、夫の死後、徳川家康の知遇を 得、この付近の大牧村を菜地として与えられ、ここに葬られました。 そして、その見性院が養育したのが二代将軍秀忠の子幸松丸、後の会津23万石の城 主保科肥後守正之というわけで、会津藩は数度にわたり見性院の墓を整備し、立派な廟 になっています。 会津の悲劇とともに、こういうことでも会津藩は大変だったなあとジンときました。 |
犬も歩けば・・・会津藩の故地
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