葉隠の諸相 「談合坂」の諸説と葉隠・・談合坂 嘉村 孝
今年前半の暗い話題に「談合」というものがありました。でも、葉隠では、談合は大いに前向きのよいことです。但し、もちろん今日のような談合罪の話ではありません。自分の非を知る「非知り」の精神を大切にする葉隠は、「我が智慧一部の智慧計りにて萬事をなす故、私となり天道に背き、悪事となるなり。・・・眞の智慧に叶い難き時は、智慧ある人に談合するがよし。」というわけです。これは、仏教的な「自分の非を知る」ということを大切にすることから、「反射的な行動として人に相談をする」という論理になる、とも見られます。
そんなことを考えていたところ、6月5日付日本経済新聞のコラムに、「談合坂」の諸説が上がっていました。
そこでは、中央高速道路談合坂サービスエリアの「談合」の意味について、①周辺の集落の話し合いの場、②武田氏と北条氏との間での停戦調停の場、③桃太郎がキビ団子で犬、猿、雉をてなづけた場などの説が紹介されていました。
③は論外(でもない?)として、この「談合」という言葉は随分古い言葉です。例えば「保元物語」では、崇徳上皇が美福門院に対し憤懣やるかたなく、禁裏の人々に「常に御談合ありけり」という具合で、葉隠と同様の使用法で出てきます。その他沢山の本に出てきますが、いずれにしても中世では、「よく相談をする」という意味であって、悪い意味ではありません。①と関係する「寄合」という言葉もやはり同じであって、例えば、佐賀の富士町には神代と竜造寺との戦いの古戦場近くに「寄合平」というところもあります。
もっとも、江戸時代における談合は、上記葉隠における談合は別として、さほどポピュラーなものではありません。ただし、落語や講談などの中に「膝とも談合」などの言葉があるとおり、庶民の生活の中に残っているともいえます。
結局戦争がなくなったことによって、争いごとにポピュラーだった談合はなくなって、その残り火のような葉隠、また庶民の話の中に談合というものが入っていったといえるかもしれません。
そして、談合は、実は桃太郎話の「団子」とも結びついてきます。尾佐竹猛「下等百科辞典」によりますと、関西で「団子取り」と言われた言葉が、今でいう入札妨害等々談合と関係ある行動の結果として、「うまい汁を吸う意味」とされているとおりです。
上記のとおり、本来談合というのは、悪い言葉ではありませんし、現在でも中国、台湾等では「よく相談をする」という意味、あるいは「裁判で和解をする」という意味で用いられています。
こうして談合は、アジア全体にもつながる言葉です。東京には団子坂があり、山梨には談合坂があるわけですが、東京の団子坂も、太田道灌時代の古戦場に近い土地であることを考えると、むしろ戦の談合と見るべきが正しいのではないかという気がします。
