1年前の「事務室便り」

  2004/4/28 (水) 00:20:22 – 嘉村孝 – No.1083078428
(添付1) 1083078428.1.NEC_0008

トップページにある「事務室だより」の約1年前のものを貼り付けます。
この写真は葉隠の故地ともいえる佐賀の神埼に1200年前から伝わる13(2)年に
一度の大御田舞。
田植えの踊りですが、宮中の雅楽にも近い旋律で、アジア大陸との共通性を覚えるもの
です。
山王さんといわれた仁比山神社の祭りで、「仁」は1200年前の仁明天皇の仁、
「比」は比叡山の比で、正に神仏混交。しかもそれが朝廷とつながっているというこ
と。
もとより勅使下向ありで、これが佐賀の、また、日本の「基底」というべきでは、と思
います。



★5月5日
 東洋のマタ・ハリと呼ばれた川島芳子が、昭和12年に松本で演説したものを信濃毎日
がまとめたものがあります。川島芳子記念室を松本の司法博物館内に作られた穂苅甲子
男氏らが作られた本「川島芳子記念堂報告書」38頁です。
 昭和12年、つまり盧溝橋事件が起きた年、芳子は言い、信濃毎日は解説します。「東
洋のリーダーでなくてはならぬ日本人があちらへわたれば非日本的な日本人に豹変して
中国人をして嫌忌せしめているのです」と喝波し「武士の情け」をもってこそ真の日中
親善が可能である点を力説。更に日本の外交を俎上にのせ、「肺病患者に胃の薬を投与
しているのが現在の日本の対中外交だ」と断じ、直言よく日本人の短所をつくあたり正
に東洋のジャンヌダルク。更に「日本の兵隊は靖国に祀られるのに中国満州の英霊にこ
れなきは」と涙を振るう。云々。正に「日本人たる前にアジア人でなければならぬ」と
大書した彼女の掛け軸のとおりです。もちろん、これを載せた信濃毎日のコメントも素
晴らしい。
★4月25日
 今日の日経の社説を読んでいたら、昨日の麻原裁判について「茶番劇」云々と書いて
ありました。一般の目から見るとある程度当たっているといわざるを得ないと思いま
す。
 私はかつて修習生として立会した三菱重工爆破事件を思いだしました。1976年4月の東
京地裁701号法廷。被告人が入廷し、席に着くか着かないかという時、荒井まり子被告が
「茶番劇なんかやめちまえ!」と叫ぶや机をひっくり返し、法廷で入り乱れての取っ組
み合いがはじまり、傍聴人も全員退廷。
 彼女は未決のまま11年。「未決囚11年の青春」という本がでています。
 その後ダッカ、クアラルンプール事件で相当数の被告人が国外に逃亡したのに首謀者
の大道寺被告は残って死刑判決。撃墜王坂井三郎さんに話したら「敵ながらあっぱれ」
と言われていました。本は「狼煙を見よ」。いずれもサーチエンジンで探せばすぐ出ま
す。
 この裁判は少なくとも途中からは、麻原裁判よりよほどしゃきっとしていたと思いま
す。それを主宰した裁判長は陸軍士官学校出。みんな「気合」が入っていました。
 様々な背景があるし検証が必要ですが、我々世代も先輩から茶番劇と言われるような
ことがあってはならないと思います。
★4月13日
 外務大臣がヨーロッパで無視された、との報道は、いよいよもって日本が世界から太
平洋の一島国としてしかみられていないことを意味します(3月14日の当「たよ
り」)。
 それならそれでもいいや、という見方もありますが、いくらなんでもそれじゃひど
い。何より、お仲間の太平洋の島々は、アメリカの傘の下にあっても、「真の自治」の
ために自らの向上を図っているのです(例えば、北マリアナでも、今はアメリカから裁
判官を輸入している状態ですが、何とか自前の裁判官を、と努力中です)。
 こういう時こそ、日本の病気の根源を探し、本当の意味での「普通の国」になること
が大切であると思うのですが。
 もちろん、単純な国家主義ではありません。病気の体に鎧を着けても仕方がないので
す。
★4月9日
 三国時代の蜀の都、成都には武侯祠があって、諸葛孔明らが祀ってあります。
 その、孔明を祀ったお堂の簾に、敵を屈服させるということにおいて、物理的に倒す
ということは下等の勝ち方であって、戦わずして敵の心を従わせることが上等の勝ち方
である、という趣旨の言葉があります。これは、孫子にも同じ趣旨の言葉があり、空の
エースで64機の撃墜王坂井三郎さんにしてもそうでした。
 最近の日本には、また、世界にも、こうした地に足のついたセンスが欠落しているよ
うです。
★3月22日
 米国によるイラク攻撃が始まり、その正当性として出てきたのがイラクを民主国にす
るという話。しかし、よその国による「押し付け」民主主義は、正に「のようなもの」
ができるだけだと思います。
 我が日本にしても、この博物館にいう「身の丈」を計りながらのものではありません
から、形式的に民主主義といっているだけで、実質的民主主義には到底なっていません
(その具体例として、国会が憲法にいう「国権の最高機関」に本当になっているのかと
いった問題も、上の本はじめ色々なところで書いています。もちろん戦前の日本とは一
応違いますが)。
 一方、そんな米国に賛意を表した小泉氏の言に「国際情勢は複雑怪奇」などというの
が出てきたのにもビックリ。それは昭和の平沼内閣がドイツ・ソ連との関係で自らのポ
カを認め、総辞職した辞任の弁であることくらい「日本史」で習ったはず。
 とにかく、広中さんの言うとおり、ブレア氏と比べても自分の言葉による説明が足り
ないし、堂々と議論に応じるという「武士らしさ」に欠けています。
 その基底に「一言でも矛盾があれば命取り」という近世武士道の「がんじがらめ主
義」があることも事実です。つまり、日本人の精神構造と、法による政治の意味を考え
るべし。
★3月18日
 イラク関係のテレビを見ていたら、遂に出たなと言いたくなるアメリカ人が登場しま
した。そのおじさん、戦争反対の人に向かって曰く「祖国の為に戦争したことがあるの
か。この臆病者め」と。
 この手の発言は日本人にも時々ありますが、そういうことを言う人は本当の戦場には
出ていない人がほとんど。出ていないからこそ生きて帰ってきたんです。
 かつて私に、したり顔で戦争に行ってきたなんて言った人は、呉で訓練をしていただ
けの話。 私の身内がビルマの白骨街道を歩き、東支那海で潜水艦に沈められ、船底に
くくりつけられていた担送患者の頭上に海水が滝のように降り注いで死んでいった話を
したらシュンとなってしまいました。
 まだまだ他にもそんな話はありますが、私はだから何でもかんでも戦争反対のような
ことを言っている某政党のような人間ではありません。急迫不正の侵害には国家として
国民を守る本質から立ち向かわざるを得ないこともあります。
 しかし、2人の子供を戦争で亡くした乃木大将じゃありませんが、いわゆる為政者を
はじめとする戦争の断を下す者は、戦争を生の形でとらえ、自分の子供がその戦争で死
ぬかも、くらいの覚悟を持って威勢のよいことを言うなら言えと言いたいのです(はっ
きり言って、自分や子供を戦争に行かせずに無責任なことを言うべからずです)。
 そうでなければ、第二次大戦で、ビルマの前線では19万人の将兵が死んでいるの
に、後方でごちそうを食べていたシンガポールの南方総軍と同じことになってしまいま
す。
★3月5日
 インフルエンザでダウンしている最中に世の中では色々なことが起きています。
 例えば桶川のストーカー事件の判決。はっきり言ってひどいと思いますが、ただ、公
務員は「祖先や天に高き責任感を有した」なんて言ってる新渡戸式の武士道を奉じてい
るかぎり国民は勝てません。
 基本的に「権利侵害」が賠償責任を生むのですが(現代では法的に保護された利益の
侵害)、この新渡戸流では責任の名宛人が「天」ですから、国民はその反対側にいて、
「権利」まで至らない「反射的利益」以上のものを持ち得ないからです。つまり、武士
たる公務員が天への責任をはたして下さったことによる恩恵だけ。[恩恵をくれなかっ
た]、と騒いでも、「恩恵なんだからもらえなくても違法じゃない」という話しになる。
当然国家賠償は棄却です。
 と、こんなことを書くと、「難しい話」という声が聞こえそうです。
 でも、この話を難しいというのは「撫民」政策のため勉強できない、というより、そ
の気にもならず、権利というと悪いものものみたいに考える性癖が日本人の中にでき上
がってしまっているからだと思います。
 先日あるところで講演した際、やはり「難しい」という声有り。確かにインフルエン
ザのせいか支離滅裂調ではありましたが、まずはご自身の観念を捨ててお考えになって
は、と言いたくなりました。
 そもそも、その「今まで持っていた観念を捨てる」手法がなければ学問も進歩しない
し、本当の勉強にもなりません。
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