ウクライナの話と「尚武」

葉隠の諸相

―ウクライナの話と「尚武」

嘉村孝

 

 京都大学の名誉教授である田村実造先生が『最後の東洋的社会』の中で書かれていること。

「狩猟民である満州人と農耕民である中国人とでは風俗習慣がちがうのは当然であるが、そのうち深刻な政治問題にまでなったのが頭髪のゆいかたであった。満州人は頭髪の一部をのこして頭をそり、のこした毛をあんでおさげにするのである。『異国物語』に「頭をそり、てっぺん二寸四方ほど髪をのこし、ながくして三つにわけ候」とあるとおりである。このゆいかたを弁髪(べんぱつ)という。

一方、中国人のは束髪(そくはつ)といって総髪(そうはつ)である。興味あることは、このころの東アジアでは頭の一部をそった民族に、満州族のほか、日本人、モンゴル人があり、束髪しているのは中国人と朝鮮人であって、十三世紀以降はこの二大髪族の対立抗争の歴史ともいえるのである。そった方が尚武派(しょうぶは)、のばした方が尚文派(しょうぶんは)で、これをたとえると国際的な武士階級と公卿ないし町人階級の抗争ともみられよう。」と。

 確かに日本の侍、満州族、モンゴル族などは頭を剃っています。そして私の経験をプラスすると、それはさらに西に進み、ウクライナ人(「オセレーデツィ」という)、ポーランド人も剃っています。彼らは皆騎馬民族で田村先生の言われる「尚武派」です。例えば、アジア以外でもポーランドは強力な騎馬軍団を持っていました。一体どうして剃るのか、よく月代を剃るのは兜を据えつけるためとか、蒸れるからいう話がありますが、それは、江戸の平和な時代になってから述べられたことであるとも言え(享保から天明にかけての有識故実家伊勢貞丈など)、そもそも日本だけのことで考える話しでもなく、世界的な傾向を見たほうがよいのではないかと思っています。

中国や韓国の場合は、いつも述べる『孝経』が大きな意味を持ち、「身体髪膚」特に髪膚を切るのは親不孝だという考慮が働いているのでしょう。したがって束髪・総髪になります。しかし韓国も元は騎馬民族であって、『孝経』は後の話。つまりは分らないことだらけなのですが、いずれにせよ頭を剃ることは武人の特徴であることは間違いないでしょう。

 となると、ウクライナ人も正に武人であり、相当「強い」ということになるでしょう。

 そんな前提で、今度は早稲田大学の長澤和俊先生の書かれた『シルクロード文化史』の図が思い出されてきました。それは要するに約二〇〇〇年位前のユーラシア大陸は東から中国、パルチア、そしてローマという枠組みになっていたということです。

結論を言えば、今回の戦争はローマとパルチアとの戦争です。

 というのは、ローマの東・パルチア(イラン)の習俗として、女性はベールを被ります。男性は髭をはやさなければいけません。そしてソ連の崩壊によって、イスラム教国は、カザフスタンやウズベキスタンのような国として分離して行きましたが、ロシアは、パルチア的に女性は教会でスカーフです。キリスト教の司祭も髭です。それに対して、私の見たウクライナ教会では女性もベールをかぶらず、「より」ローマだということです。

 プーチン氏は九八八年、北からロシア、ベラルーシ、ウクライナがキエフ公国として大きな国になった時、ウラジーミル大公はその三つの地域をまとめるためにキリスト教を取り入れたということを強調しますが、これは、コンスタンチヌス大帝がキリスト教に改宗したり、フランク王国のクローヴィスがキリスト教に改宗したりということと同じで、要はみんなをまとめるためにキリスト教になったということの一例でしょう。それはあくまでも歴史の一場面。

 そして一四五三年、東ローマ帝国が滅びた時、そのコンスタンティノス十一世パレオロゴスの姪であったゾイ・パレオロギナはロシアのツァーリ・イヴァン三世と結婚していたので、モスクワが第三のローマになったとされ、これがロシア正教というわけですが、ところがその後、ポーランド、リトアニアなどに支配された歴史的な経過、即ちローマとのかかわりが深いウクライナについてはウクライナ正教ということになり(一五九六年の合同教会の成立)その特徴は外形的にはロシア正教を取りながらも、その内面においてはローマ法王に仕えるということです。つまり、そこにおいて、同じ正教であっても、いわゆる純粋ロシア正教と、ウクライナ正教とには違いがあります。

もちろん以上は雑駁なものですが、ここの文化人類学的違いが紛争の根本にあるかと思います。

 ソ連末期、ゴルバチョフ氏も自分の任期中、ウクライナ正教を弾圧して、ロシア正教と同じようにしようとしていましたが、それができなかった。そして結局独立していきました。ですので、プーチン氏が言っている、ロシア・ウクライナ・ベラルーシが一体だというのはそもそも九八八年頃の話であり、以上の経過を見ると、どうしてもそこには水と油の違いがあると言わざるを得ないように思います。

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