1年前の「事務室だより」を貼り付けます。
★10月10日
公務員研修の講師として憲法を講じてきました。
この博物館にあるとおり私は武士道と公務員の倫理とは深い関係あるものと思っています。し
かし、その場合、「公務員よ自らの徳を磨き律せよ」という儒教的な武士道を背景とする「突き
詰めた論理なき」言い方には相当な疑問を感じます。ただし、儒教的合理性と規律は行政の運用
には必要です(上記の本のあとがきなどご参照)。理念的な根本をいえば「公務員よ仏教的大慈
悲の武士道でいけ」です。
永井荷風は昭和の日独伊軍事同盟に際し、その不都合を「余は畢竟(ひっきょう)儒教の衰滅し
たるによると思うなり」と記しました。
こうした昭和戦前期や戦中の数々の事例をみると、「日本的」儒教による国家運営はこの時点
で既に相当な賞味期限切れになっていたのではないかとの思いを感じざるを得ないのです。
★9月29日
10月1日は「法の日」。10年位前、時事通信の雑誌にそれが戦前の陪審法施行を記念した
司法記念日の後身であると書いたころは、ほとんどそのことは話題にもなりませんでしたが、最
近の司法「改革」の流れの中で陪審とともに紹介されるようになりました。
しかし、肝心なのはその「法」の意味です。結論をやや乱暴にいえばこれは自然法、いわば六
法全書に載っているより高次の法と解すべき。つまり「法の支配」の法です。
ところがややこしいことに最近「法の支配」としていわれているのはコンプライアンス、法令
遵守。つまりは六法の法律を守れという議論。
これじゃ人間をコチコチの不自由人間にするだけで、現状の法体制そのものを自由・平等・正
義などの「理念」から検証しようという創造的人間は生まれず、よりよい国家にもなりません。
韓国の最高裁では玄関にこの言葉が書かれているのに。
道理という自然法を据えていた御成敗式目にも遠く及ばないのです。
★9月20日
私はひところ、北朝鮮関係の本や雑誌は出るものすべてといっていいくらい読んだ時期があり
ます。例えば、亜紀書房の「どん底の共和国」など3回くらい読みました。これは総連系の大学
の先生が1年数か月かの地に農業指導に行った話ですが、その実態を書いた名著です。
私はそれを読んで、つくづく日本との文化的共通性に考えさせられました。例えば、かの地で
は「偉大なる方」の指導により、高圧線など作らない、という話がでてきます(もちろんありま
すが少ない。そういうことで「合理的」なのが主体思想というわけ)。つまり電気は地中(とい
ってもパイプの中)を走らせるのです。すると当然漏電してしまうのですが、それでもよいとす
る。正に、戦争中の日本にあった精神主義です(今もどこかにある)。
かと思えば、法律の本にしても19日に書いた泥棒問題と同じで、発想の大前提が違います。
それは極めてユニークなもので、これまた戦時中の日本とアメリカが違っていたようなもので
す。素人たる政治家の交渉においては、日本の常識が通じないわけで、その点は最大の隘路にな
るような気がします。
日本の外務官僚はいくらなんでもわかっていると思いますが(小泉さんの発言など正に官僚の
筋書きどおりという感じ)。一方、最近注目されている先方のテクノクラートはそういう中で、
世界での仕事をこなしてきたわけで、これまたすごそうです。
いずれにせよ、配給制の撤廃などが今後かの国にどういう結果をもたらすか、冷静で上手な対
応が求められると思います。
★9月19日
小泉総理の北朝鮮訪問。
映画監督シン・サンオクさん、女優チェ・ウニさんの拉致と脱出を綴った劇的な実話「闇から
のこだま」の口絵写真を見れば、拉致が国家としての行為であったことは明白。当然、事実関係
を明らかにさせるべき。正に国民を守るべき日本国家として。
一方、地上の楽園を信じて北に渡ったより多くの人がおり、これは外形だけ任意の集団拉致と
もいえます。そして、高名な日本の学者などがそのころ、「ショウ・ウインドウ都市平壌」を見
せられてすっかり地上の楽園と思い込み、煽っていたことを忘れてはなりません。
なのに、未だにそうした学者の本が「〇〇先生著作集」などの名の下に出されているのはどう
いうことでしょう。権威に弱い日本人の性癖がこんなことになっても直らないならいよいよ問題
です。
更にもう一つ、こうした誤りが起きる原因の一つにそういう宣伝家の「頭の良さ」がありま
す。例えば昔、「社会主義国には泥棒がいないはずなのにどうしているの?」と聞くと、「それ
は資本主義の残滓があるから」なんて答えがあったものです。そして「頭のよい人」はこれに納
得してしまうのです。つまり、広い視野に欠ける理屈先行型(これは私が言っている理詰めの話
とは違うのです)で、今でもそういう人がいるのですが、そういう人が学者として権威を持つよ
うな国は大変。過去に戦争を起こした為政者にもそういう人物がいたのです。
こういう人は理屈が先行するので、右へ左へと振れます。こうして私は左翼でも右翼でも、極
端に振れる人は基本的に信用できません。こういう問題についても「人間」を見ることが大事で
す。頭が良い悪いの問題ではなく知情意のバランスの問題です。
国家がそういうバランスある人間をトップに置けるかも当然問題でしょう。
そういう日本国家の本質的問題をこの件は突きつけます。
★9月11日
今日は9月11日。米国によるイラク攻撃が話題にのぼっています。
明治時代の山県有朋の文書を読むと、主権線、利益線という言葉が出てきます。主権そのもの
を侵害された場合、主権そのものではないが法的に保護された利益を侵害された場合、それぞれ
自衛権が生まれる。法的に保護されない利益の場合は・・・といった議論につながります。ここ
の法は自然法も含むかも(国際法はもちろん含むのですから。なお、山県は私は好きな政治家で
はありませんが、それにしてもこうです。)。
いずれにせよこうして論理的議論をしていたのが、そのうち「生命線」という文学的かつ否論
理的な話しになって日本は破綻しました。
米国の論理として、イラクに一体主権線を害されたのか。少なくとも利益線が害されたとの説
明ができているのか、相当疑問です。もちろん、主権線等は四次元的に考えるべき時代ですが。
★8月26日
先日、久しぶりに台湾の知人Aさんに会いました。彼は、中学生の時、台湾独立を唱えたばか
りに牢屋に入れられ、十数年出てこられませんでした。出てきた時は20代も後半。やむを得ず
彼は米国の学校に行き、数カ国語を話す国際人になりました。現在はビジネスの騎手として活躍
しています。
日本は戦後、蒋介石政権の台湾と仲良くしてきました。しかし、その政権が何をしてきたか、
特に、日本の古くからの友人である台湾の元同胞に何をしたのか、よく見なければなりません
(そのために台北の228事件記念館は必見です)。
台湾にしろ中国にしろ、そしてアメリカにしろその政権だけを見ていたのでは実態を見失い、
とんでもない誤りにつながりかねません。「あの国は」などという抽象的表現は危険です。
私は国際情勢を見るについても国という抽象的存在の前に、個々の人間を見るべきだと思いま
す。もっと細かく言えば、個々の人間の特定の時の行動や思考傾向を見るべきだと思っていま
す。画素数を増やす事は一番難しいことですが。
★8月18日
8月15日にちなみ靖国神社がよく出てきて、遊就館つまり資料館のことがテレビで取り上げら
れていました。
私は子供の時から年に何回も行っています。はっきりいって一番かもしれません。右翼のお兄
さんツアーもしたことがありますし。去る7月13日に改修が済んだので早速行きました。
この資料館、私の知る限りでも3回は場所が変わっています。はじめは今の建物の向かって
左。今の建物は富国生命の本社。同社が日比谷に移って今の場所に。そして今回の改修です。
この移り変わりとともにコンセプトも値段も変わってしまった感じ。今回は800円。
最初の時もそうですが先日までは亡くなった人への「鎮魂」に主眼があったと思います。だか
らこそ自然な気持ちで行きました。今回の改修では歴史博物館として主張する施設になった感
じ。つまり日本は悪くなかったと。
そうなると鎮魂との関係はどうなるか(どうにもならない。鎮魂だから悪くないんだ、という
声も聞こえますがそうでしょうか。以前は神前に額ずくことと資料を拝見することはいっしょだ
ったのです。お相撲さんが奉納相撲をするのも、広く、そういうことだからしてるのでは)。
また、伏龍だったか、潜水して敵の船底に爆薬を押し付ける特攻が実戦はともかく何人もの人
が計画途中で殉職しているはずなのにほとんど説明がなかった点、人間魚雷回天もそうですが、
黒木博司大尉らの悲劇やその背景が以前はあったのになくなっている点。本当の苦しさを知らせ
てこそ鎮魂です。段祺瑞と張作霖の写真が混同されていた点(現在は直し済み)、いわゆる英霊
の人々が最後にまとめられてしまった点など種々の問題も感じました。
私は実戦経験ある死者・生還者の魂の叫びこそ展示する場所であってほしいと思います。高齢
者といってもそうした人(生還者)は少なくなっているのですが(かえって私のような2世の方
がわかっていることもあります。私のボスは海軍でしたが外地には出ていませんから、いくら戦
時中はね、などと言ってもしょせんわからない。出て死にそこないの経験を持つ父をもった私の
方がわかっていることも、はっきり言って多いのです。もちろん死んだ人こそ一番わかっている
でしょう)。
色々な事情は理解しますけれど、数年前からの靖国神社の七五三にも、国家に殉じた人に更に
お願いかとショックでしたが、今回はまた別の重さを感じました。
★8月16日
昨日は終戦の日でした。今年も戦争にかかわるあちこちに行ってきましたが(もちろん、国
内・都内を含めて。「行く」というほどでなく、どこにでもあるのです)、一つ印象に残ったの
はサイパン島のそばマニャガハ島のこと。2年くらい前、藤原紀香というタレントさんが登場し
てJALの宣伝の(ただし沖縄の)舞台になったところです。白砂青松の、島とも言えない小さな
島。コマーシャルによく出てきます。
そこにはトーチカ程度の砲台のようなものがありますが、そこに設置してあった大砲は、明治
35年に呉海軍工廠で製造されたもの。つまり、日清・日露の間にできたものです。
サイパンの戦記を読んでみると、リーフを越えようとする米軍に対し、隠れていた戦車や砲か
ら一撃を加え、敵がバタバタ倒れた、といった記事が出てきますから、あの砲もそうしたことに
使われたのでしょう。
しかし、最初の一撃はよいとしても、米軍に場所がわかってしまえば、ひとたまりもありませ
ん。現に、そのトーチカも一発で破壊されたことが明らかでした。
この場合、亡くなった人は正に英霊であり、本当に気の毒です。
しかし、それを命じた人、死ねと命じた人は国家の本質を考える時、正常といえるでしょう
か。このトーチカも特攻隊と全く同じものですが、その創設者大西中将がいうとおり、それは統
師の外道(とうそいのげどう)つまり国家の本質や戦争の本質に反するものです。
靖国神社ではA級戦犯の合祀が問題になっていますが、死ぬことが明らかにもかかわらずそれ
を命じた最高指導者とそれによって死んだ人とが同じ神社でいっしょに神たり得るか。
もちろん、その命令が崇高かつ大西中将のように後に切腹という形でけじめがつけられるもの
ならまだしも、「生きて虜囚」のはずかしめをうけず、を命じながら自分はなってしまい、命じ
た内容と正反対の姿をさらした人々に対し、先に「神」になっていた人はそれを許すのか。
それは、現今の重大問題である公務員の責任という問題にどうかかわるか。
正に今日の日本の問題でもあります。
私が親しく接したゼロ戦の撃墜王・坂井三郎さんは断固分祀を主張し、実践しておられたこと
が思い出されます。
★8月1日
ユーゴ戦犯法廷と、インドネシアの法廷の中継を見ていて日本人のお行儀のよさに頭が向かい
ました。
世界のどこでも日本人はお行儀のよいほうで、中国でも、顔はよく似ていてもぺこぺこお辞儀
をするのですぐ日本人とわかるようです。
そんな日本ですから、外国のように法廷の審理をビデオに撮るなんてことは許されません(も
ちろん「人権に配慮」という話は出ますからお行儀だけでは説明できませんが、発想の基本には
それがあります)。結局被告人のいない法廷で所在なげな関係者が写真に写るだけです(もっと
も、戦後の一時期は審理を写真を撮ったこともあったのですが)。
写真以前の、法廷でのメモの可否が問題になった大法廷判決の裁判官の意見に興味が持たれま
す。メモなんか駄目!と言った裁判官は、俺たちは真剣に審理してるのにメモなんか取られたら
気が散る、みたいに言った。法廷外からの裁判批判を雑音といった裁判官もいます。
裁判官といえば、昔は代官様で正に武士ですから、こうした発想に立つということは「法廷は
座敷(あるいは白州)」、と考える江戸中期以降の武士道像に出たものといってよいでしょう。
それ以前の裁判あるいは行政処分を描いた絵では法廷や聴聞の場所はお白州じゃありません。戦
乱にあけくれて余裕はないし、何より、鍋島直茂の「実」を追求する発想からは形式は問題では
なかった、あるいはむしろ、「公開する形式」こそが要求されたといってもよいかもしれませ
ん。
先の裁判官の発想は儒教的士大夫の発想としてその「一途な姿」は尊敬できる部分もないでは
ありませんが、今日の日本では既に使用に耐えないものになっているといわざるをえません。官
僚に秘密の裁断をまかせて済む事態ではないのですから。
お行儀よりも中身で勝負。みんなが見ている裁判の方が世界共通だし、実があるような気がし
ます。
1年前の「事務室便り」
事務室便り