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葉隠の諸相

『上海時代』を読んで

葉隠の諸相―『上海時代』を読んでー           嘉 村  孝  昨年は、戦後七十年ということもあって、様々な昭和史関係の本が再刊されました。その中の一冊に松本重治氏が書かれた『上海時代』があります。松本さんは昭和一ケタの終りから十年...
葉隠の諸相

祇園原の戦いと戦国武将たちの法的観念

葉隠の諸相   -祇園原の戦いと戦国武将たちの法的観念―    嘉村孝 祇園原の戦いというのは、一五四四年に、現在の佐賀県神埼市の日隈山の南側、旧西郷村あたりで起った戦いです。これについて、江戸時代に成立した『北肥戦誌』、別名『九州治乱記』...
葉隠の諸相

菅原道真の書からみえるもの(鳥点の筆法)と神国思想など

葉隠の諸相 ―菅原道真の書からみえるもの(鳥点の筆法)と神国思想など-    嘉 村 孝 太宰府天満宮の宝物殿には、菅原道真の「離家三四月、落涙百千行。萬事皆如夢、時時仰彼蒼」という詩が書かれた掛け軸が展示されています。この詩は、日本人が作...
葉隠の諸相

キリシタン大名に囲まれた佐賀

葉隠の諸相 ―キリシタン大名に囲まれた佐賀-     嘉 村 孝葉隠には「政家様御舅有馬越前守入道仙岩義貞(或は義定)と申し、前名修理大夫晴純と申し候なり。子息左衛門佐義純なり。(後名鎮純)義宜は仙岩の養子波多氏なり。政家公の夫人は仙岩の女...
葉隠の諸相

正徹・心敬・宗祇・葉隠などなど

葉隠の諸相 -正徹・心敬・宗祇・葉隠などなど-     嘉  村  孝葉隠の中に有名な連歌の名人正徹の話が載っていることは先にも取り上げました。もう一度書きますと、「聞書第十」の中に「東福寺の書記正徹は歌道の名人。或時五條辺へ斎に参り候折節...
葉隠の諸相

東京と佐賀 ―櫛田宮の話―

東京と佐賀 ―櫛田宮の話―           嘉 村 孝 今回は「櫛田宮の話」として、神崎荘のいわば総鎮守である櫛田宮を取り上げます。それというのも、葉隠の中に出てくる執行越前守がこの神社と相当な関係があるからです。 まず、神崎荘ですが、...
葉隠の諸相

徐福と葉隠

葉隠の諸相 ―徐福と葉隠―        嘉 村 孝徐福は、中国の歴史書・史記によりますと、秦の始皇帝の命により不老不死の薬を求めて、紀元前二一九年、二一〇年と二度に渡ってかの地を出港し、東の海に旅立ち、遂には「平原広沢」の王となり、中国に...
葉隠の諸相

儒学者!?石田一鼎

葉隠の諸相  ―儒学者!?石田一鼎―           嘉 村 孝 葉隠の四哲の一人として石田一鼎が挙げられます(あるいは五哲として、山本常朝、田代陣基、この一鼎、湛然の他に絶学了為を挙げる人もいます)。で、この人の場合、その著書「要鑑抄...
葉隠の諸相

武雄訪問から思う蘭癖の話

葉隠の諸相  ―武雄訪問から思う蘭癖の話―         嘉 村 孝 先日の東京佐賀県人会青年部・若楠会の「郷土訪問」では、武雄市を訪れました。全国的な話題となった図書館の一角には、「蘭癖大名」鍋島茂義にちなむ展示も行われていました。 「...
葉隠の諸相

弁財嶽争論と黒田藩の担当者・貝原益軒

葉隠の諸相~弁財嶽争論と黒田藩の担当者・貝原益軒~  嘉 村 孝葉隠の中には、有名な脊振山弁財嶽公事のことが出てきます。これは、今の福岡・佐賀の境について、分水嶺を境として分けるか、境はもっと南か、といった争いで、元禄六年(一六九三年)にま...
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