葉隠の諸相

葉隠の諸相

景観から歴史を考える -蓮池の場合-

葉隠の諸相景観から歴史を考える -蓮池の場合-  嘉村 孝私の手元に昭和五五年三月三日の佐賀市蓮池町の航空写真があります。それには、河川改修により消失する前の佐賀江の曲がりくねった流れが見事に出ています。このあたり、昭和31年に佐賀市に合併...
葉隠の諸相

禅者と葉隠

禅者と葉隠 ―葉隠の諸相―                  嘉村 孝戦前、特に昭和七年の上海事変以降、葉隠は軍国主義あるいは国家主義のいわば代表のような扱いを受けました。しかし、そのような時代にも、葉隠を人間の魂の救済の書として読んでいく...
葉隠の諸相

伊達政宗と葉隠再説

伊達政宗と葉隠再説 ―葉隠の諸相―              嘉村 孝戦災で消失する前の仙台城大手門は、名護屋城の遺構であったといわれています。佐賀と仙台もかかわり深いものがあります。そのかかわりついでに、こんなことが思い出されました。鍋島...
葉隠の諸相

佐賀の国際性と武人の道 

葉隠の諸相佐賀の国際性と武人の道                            嘉村 孝        悠仁親王殿下のお印は高野槙と定まりました。この木は、日本の高野山のあたりにのみ生育する木だというのですが、韓国の公州にある百済武...
葉隠の諸相

「念々に非を知る『非知り』の書 葉隠」

葉隠の諸相「念々に非を知る『非知り』の書 葉隠」                              嘉 村   孝山本常朝の説くところにおいて、「念」という観念は極めて大事です。「當念を守りて気をぬかさず、勤めて行くより外に何も入ら...
葉隠の諸相

亀趺碑

葉隠の諸相「亀趺碑」        嘉村孝先日、佐賀新聞を拝見していたら、「亀趺碑」のことが掲載されていました。亀趺というのは、お墓やお寺、学校などの前に建てられる石碑で、龍の六番目の息子といわれる贔屓を台座として、その上に石の塔をたて、更...
葉隠の諸相

葉隠と「暦」との意外な関係

葉隠と「暦」との意外な関係 葉隠の口述者山本常朝は、二代目藩主鍋島光茂に仕えた侍でした。一六九五年(元禄八年)、その光茂が隠居し、子供の綱茂があとを継ぎますと、翌年、佐賀藩では佐賀城本丸門に時の太鼓が、高木町願正寺に時の鐘が設置されます。そ...
葉隠の諸相

売茶翁にも注目を

葉隠の諸相   売茶翁にも注目を           嘉村 孝        佐賀市大和町には、大和不動、即ち、万寿寺があります。この寺は、博多に承天寺を開いた聖一国師円爾の弟子、神子栄尊が開いたともいわれる寺です。円爾は、静岡県で生れ、栄...
葉隠の諸相

群馬県の尾島町

今回は、ちょっとおもむきを変えて、群馬県の尾島町を取り上げます。尾島町は、鶴の形をした群馬県の、その頭に当たる部分にある比較的小さな町ですが、歴史の宝庫であり、佐賀とも様々な関係があります。ここは、新田一族発祥の地といわれ、新田義貞もこのあ...
葉隠の諸相

三浦一族の長崎喧嘩

葉隠の諸相   三浦一族の長崎喧嘩         嘉村 孝今年の若楠会郷土訪問は、佐賀県の西南に位置する太良町を訪れ、みかん栽培、乳業、たいらぎ漁など数々の見学をさせていただきました。そして、その翌日は、太良町竹崎の竹崎観世音寺と長崎見学...
タイトルとURLをコピーしました