歴史と広い視野からアジアの今を考えたい

  2004/12/24 (金) 01:44:57 – 嘉村孝 – No.1103819502
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天道是というペンネームで、ある公務員の方が「右翼運動100年の軌跡」という本を
書かれています。特別新規なことは書いてありませんが、戦前の日本人に比べ、最近は
余りにも発想が小さくなってしまったとあるのは同感です。ご当地ソングも、戦前は黒
竜江だアムール川だったのが、夜の新潟とか釧路とか。最近の中国、台湾、北朝鮮にか
かわるぎくしゃくした関係をみても余りに視野が狭い対応といわざるを得ません。
この写真は、松本の司法博物館内に穂苅甲子男会長らが作られた「川島芳子記念室」に
ある彼女19歳の書。「日本人たる前にアジア人でなければならぬ。」と。正にそのとお
りでしょう。毀誉褒貶著しい彼女ですが犠牲者であることは間違いないと思います。
彼女が昭和13年に松本高女で演説した内容は、以前「事務室便り」に書きましたが、
「自白書」の中で「日本では大体2派に分かれて中国に相対していることを知っていた
から、希望を捨てませんでした。その後、軍部の後援やら色々で、後者の勢力(中国と
戦争を構える一派)が勝って来て、私は憲兵隊の圧迫により無言の行に入らねばならな
くなった」と述べていたこともよく考えてみるべきです。つまりは、この下の掲示板で
私が述べていることです。
ちなみに、この2派の内の中国と事を構えない一派の一人である荒木貞夫大将の書も、こ
のすぐ左にあります。昭和初期の荒木陸軍大臣の人事について、派閥的などと書いてあ
る本が多いのですが、谷田勇中将が書かれているとおり、それまでの明治以来の派閥人
事や身分差別に問題あり。そして、荒木大臣らを昭和11年の2・26事件後のいわゆる粛軍
人事で追い落とした一派が戦争を起こしたわけでしょう。しかも、この博物館の色分け
でいえば荒木さんたちは葉隠型、その反対は水戸型とでもいうべきものです。荒木大将
も、芳子も昭和17年の満州国10周年には理想と違うといって参加していません。
戦前、いやここ四百年間の厳しい反省のもとに大きな視点からアジア・太平洋の今の枠
組みを考えるべきかと思います。
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