今日は12月8日。大学で日米開戦の日といっても知らない学生が沢山。やれやれ、そ
んな「時代」になったのか、と自分の年のことも考えてしまいました。
ところで、最近の日本との関係で重要な国はこの戦争の当事国、特に米国と中国でしょ
う。
そして、そのいずれとの関係でも、今や「ねじれ」のあるのが残念です。
昨日、ある会合に参加させていただきましたところ、米国の方が「日本は米国の真の友
人・同盟国として今のブッシュ政権の世界政策をやめるよう助言して欲しい」との話。
しかし、日本には本当の軍事、外交の力はありません。いつも書くとおり、米国に軍
事・外交を受け持ってもらっている北マリアナが大きくなった程度。もちろん、まとも
になるには自身の「病気」を治すのが先で、常任理事国になったり、やたら重たい武器
など持ったら倒れてしまいます。そんなわけで助言の力はない。でも、言わないよりは
よいでしょう。
一方の中国、12月8日の米国より、7月7日の盧溝橋事件の意味を先ずは考えるべ
き。
昭和12年ころまでの日本には陸軍内部でも中国との戦争を構える一派と構えない一派
とがありました。もちろん、2・26事件後の粛軍人事によって前者が実権を握り、日
本を、そしてアジア全体を破滅的な戦争に導いたのです。ここをきちんと清算しないで
「日本(という抽象化をして)」は良かったとか、悪かったとか、あやふやなことにす
るから「病気」がいつまでも治らないし、世界から「理屈のわからない日本人」と見ら
れるのです。
この、構える一派と構えない一派の意味は大きいです。
後者の、日本の真の相手は北方のソ連であり、中国や英米とは強調すべし、として、結
局葬られてしまったある将官の、士官学校入校時の同期の表がありますが、ショックな
のはその方だけが平民の出。他は士族です。実際、そんな差別人事が戦争中まで行われ
たようです。そういう実力無視の身分秩序、つまり中国でも捨てられた「儒教システ
ム」を採用していたのですから、平等・実力主義の米国には物量・火力の違いは当然で
すが、ソフト面でも勝てなかったのは当たり前。
よく、韓国が日本に負けたのは儒教にこり固まって戦争中に喪に服すようなことをして
いたから、という有名な議論がありますが、実は日本人も五十歩百歩であったこと、そ
のことは今も根強く日本人の頭の中を支配していることを反省すべきでしょう。
とにかく反省点は沢山あります。
撃墜王・坂井三郎さんも「米国との戦争は堂々たるものだったが、中国との戦争は何と
も名文のないものだった」と言われていたことをご披露し、その戦争の結果としての沖
縄戦、平和の礎そばの佐賀県戦死者の塔を貼り付けて、本日の弁とします。
12月8日と米国・中国の話
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