1年前の「事務室便り」

  2004/5/31 (月) 00:21:55 – 嘉村孝 – No.1085929996 (添付1) 1085929996.1.jpg  

トップページの「事務室便り」を貼り付けます。
 写真のアクセサリーは今日、日曜日、柏まで仕事に行って駅そばの神社に参拝。江戸
時代までは神仏混交だったらしく青面金剛などが並んでいる端っこに、鎌倉・室町と思
しき板碑の残欠。こぶりながら中世の信仰を物語る一枚として貼ります。


★6月1日
 昭和60年ころ、ある席で辰巳栄一元陸軍中将にお会いしたことがあります。中将は
ロンドン駐在武官を2度勤め、吉田茂に近く、日独伊の三国同盟に終始反対の行動をと
ったことで有名ですが、当時は旧陸軍の将校団体である偕行社の理事長をされており、
正に知性あふれる好々爺でした。
 戦争が激しくなったころ、学童疎開を推進したことも有名で、これに対して東条英機
首相は「大和魂が大切。国民精神の基盤は家族制度で、疎開など必要ない。死なばもろ
ともだ」などと述べたといいます。本当の家族の絆とは何か、について厳しく対立した
のです。
武士道が2つ以上のタイプに分かれるように、戦前の日本も分かれていたわけで、それ
を単純に日本は悪くない式に言うのは正に「単細胞」であり、建設的でありません。中
将と中尉の違い、陸軍と海軍の違いはあっても、辰巳さんとゼロ戦の撃墜王・坂井三郎
さんとは同じ考えです。私は両方から話を聞いているのですから(坂井さんも佐賀県人
で私が最後の講演会を主催)。何とか若い人にそこをわかってもらい、盲目的な軍事オ
タクみたいにならないでほしいものです。
 ところが、最近の日本の対外姿勢を見ていると、この東条流の声が大きくなっている
ように思えてなりません。東条さんの奥さんは福岡の人で、当時どんな具合だったかは
私もわかります。
 5月10日に書いた古賀大将の言葉と合わせ、もっと冷静にならなければ、と思わざ
るを得ません。その意味で、勝海舟の「氷川清話」や「海舟座談」など読まれるべき本
だと思います。 
★5月28日
 元弘3年(1333年)5月21日、鎌倉幕府滅亡。それに最後まで殉じた御家人を
供養する板碑がいくつかあります。
 埼玉県入間市にあるそれには、中国からの渡来僧で北条時宗の先生・無学祖元が、中
国にいるとき、元の軍隊に踏み込まれた際に発した「臨剣頌」が刻んであります。その
内容は掲示板(3月27日)に書きましたが、鎌倉武士の禅的シャープさと国際性を見
事に示したものとして感動を覚えないわけにはいきません。そもそもこの無学祖元の頂
相彫刻が素晴らしいものです。
 殺戮の時代でもある鎌倉時代ではありますが、こうした彫刻、鎧、刀、どれをとって
も後世が真似できないのはなぜなのか。その答はこの「博物館」に書いたつもりです
が、更によく考えて、今に生かしたいものです。
★5月21日
 会津に行き、たまたま通りかかったのが土津(はにつ)神社。つまり名君といわれる
保科正之の墓。久し振りに寄ってみました。同行の人が「あれ、中国みたいですね」と
言いました。正にそうであって、神葬とはいうものの、実際は儒葬です。明の墓などと
同様の巨大な墓誌があり、それは亀のような動物に背負われています。これは実は亀で
はなく、龍の6番目の息子の贔屓というのであると中国の人から教わりました。「儒葬
と神葬」という本によると2000人以上の人や牛馬を動員して引っ張り上げたなどと
あります(松平家墓所も)。
 以前来たときは、奥の円墳まで登りましたが、冬だったのでまん丸の石がごろごろし
た坂道はひっくり返りそうになりました。正に巨大なお城と同じ土木工事が行われたわ
けです。
 一方、葉隠の鍋島直茂は「わしの墓は敵対勢力に近い城の北に埋めるように。そうす
れば、主君の墓が足蹴にされるのはいやだからというので、家来も頑張るだろう」と多
布施というところに小さな墓を作らせました。
 この、「墓のコンセプトの違い」は、正にこの博物館で言っている「二つの武士道」
の具体例といえるものです。
★5月10日
 佐賀・千代田町の下村湖人記念館で、新資料が11日まで展示されています。湖人は
葉隠の「大慈悲を起こし、人のためになるべきこと」を次郎物語の根幹としている人
(ちなみにご子息様は昭和天皇のSP〈中尉〉から貿易会社社長。親しくご指導を受け
ています)。
 湖人が,山本五十六のあと連合艦隊指令長官になった古賀峯一大将(有田の人。次郎物
語には新賀という名で出てきます)と語ったくだり
 「白鉢巻の薙刀訓練なんか僕の性に合わんのでね」と湖人が自分の考えを述べると、
古賀は「戦争なんかめったにやるもんじゃないよ。遺族がかわいそうだ」「戦争をしな
いための軍隊だということが軍の首脳にも分かっていない」と返答。
 このセンスは4月9日に書いた諸葛孔明の話にも通じ、防衛に携わる人間の忘れては
ならないことと思います。
★5月7日
 連休は、「休」ではなく、仕事で1泊だけ中国・大連に行ってきました。
 遼寧省は今のところサーズもまずまず。あの大きなマスクは一つのカルチャーショッ
クを覚えます。
 興味あったのが、夜の広場で多くの人々が羽根突きと蹴鞠の中間のような遊びに興じ
ていた事(名前を忘れました)。蹴っている対象が羽根突きの羽の大型。1個3元(4
5円くらい)。ミャンマーでは蹴鞠そのものを見たり、タイにもあるとか、いわば世界
共通なんでしょうが、日本文化を見るにしても、日本独自とみるより、世界との関連で
みたほうがやっぱり面白いと思います。
 リンクを張ってある「武道通信」で、以前、札幌の戸部アナマリアさんと対談した時
もそんなことで意気投合しました。
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