愛宕信仰

  2003/9/27 (土) 22:43:02 – 嘉村孝 – No.1064669370
(添付1) 1064669370.1. 8  

ようやく写真の貼り付けができそうなので、試験的に貼ってみます。
 この写真は都内港区の勝軍地蔵。本来愛宕権現の本地仏で、その元は京都の西にある現在の愛
宕神社です。つまり、神であり仏であるとしてながい間尊崇されてきました。
 このお地蔵様は正に地蔵信仰の最後の段階に位置し、足利氏、細川氏、織田氏、そして徳川家
康と、戦の守り神としてうやまってきたのです(葉隠では鍋島一国主義から否定した発言もあり
ますが)。家康は本能寺の変後の鈴鹿越えで、とりわけ助けられたとして、今の愛宕山に祀りま
した。
 このあたりをよく調べてみますと、様々な歴史の味を噛みしめることができます。
 
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