葉隠の慈悲と鈴木正三の国際性など新選組について

葉隠の慈悲と鈴木正三の国際性など 引用   2003/4/4 (金) 10:28:35 – 嘉村孝 – No.1049419154  葉隠に再三登場する、あふれるばかりの慈悲の話の寄って来る根拠を、禅者・鈴木正三のこと
を頭におきつつ考えてみました(正三のことは「葉隠アラカルト」にもあります)。
 葉隠では、例えば人に意見を言うにしても、人中で面と向かって言うようなことをせず、その
人を慈悲門に繰り込み、「よくせねばおかぬ」という覚悟をもって、自然によくなるように持っ
て行きなさい、といったことが諭されます。
 これはつまり、自他の差別を無くし、我を愛する心を持って人を愛するということに出ている
のであり、仏教の「自利利他」の具体的な現れということになるのでしょう。そしてもちろん、
「自利利他」を現出するにはその前提として、自他の差別を無くすことが必要でしょう。
 それにつき、浄土思想では、親鸞の「全てを仏の方に投げ入れて」ということが行われ、その
論理によって「無我」の境地になり、結果的に他者への慈悲が生まれるということになります。
一方、葉隠では「先ず身命を主人に篤と奉るが根源なり」とあり、まるで念仏を唱えるように
「殿様、殿様」と唱えよ、ということが言われます。
 そして、こんな発想の元に鈴木正三がいたとの説も、私を含めて昔から言われてきました。
 正三は関が原や天草・島原の乱に参加した三河武士ですが、42歳のとき出家し僧となります。
そして、その弟鈴木重胤が天草・島原の乱後、代官になって現地に赴任すると、彼も天草に行
き、沢山の寺を建て、排耶僧となってキリスト教に対抗します。こうして、地理的にも人脈的に
も葉隠に彼の影響は強いといってよいでしょう。ですから、そんな彼の直弟子がいたことが葉隠
に語られるのです。
 彼の書には、「一念の妄心永劫の苦因なりと眼をつけて南無阿弥陀仏と唱うべし」、「身命を
捨て」などなど、葉隠と同一の言葉や歌が頻繁に出てきます。
 正三は、禅者といわれつつ、中国の「禅浄双修」という言葉のとおり禅だけとか、念仏だけと
かに固まっていません。そこに、一種の国際性さえ見ることができます。
 一方、葉隠の「殿様、殿様」には家康の神格化の影響もありそうです。
 海の「潮目」のように様々な発想が入り乱れたのが江戸初期で、正三もそうしたものを作った
一人であり、その結果でき上がった葉隠は、正に混沌とした産物のようです。
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