1年前の「事務室便り」

(添付1) 1072540570.1.JPG  

今年もそろそろおしまい。
 約1年前、ホームページの「事務室便り」に書いたものを抜粋して張ります。
 写真は、アクセサリとして、先日通った神奈川県真鶴の、源頼朝脱出の場所です。つまり頼朝
は、1180年、平家追討の旗揚げの後石橋山の戦いに敗れ、ここから土肥実平の助けを得て今の
千葉県・安房に脱出しました。
 武家政治はここに始まったともいえるので貼り付けます。

★12月30日
 昨日、古代オリエントの遺跡を掘る先生、縄文の遺跡を掘る夫婦の先生に会って、つくずく自
分のしていることと似ているなと思いました。土の層の中から歴史的意味のあるものを探り出す
作業は、支離滅裂ともいうべき社会事象や人々の言語の中から法的意味ある現象や言葉を捜しだ
し、法の意味付けを与え、かつ考える作業と何と似ていることかと。
 学問(自分のしていることが「学問」などとはおこがましいのですが)の向かうべき方向を考
え、意気投合した気に(一方的に?)なりました。もちろん、こんなことで終わりとは思いませ
んが。
 葉隠も、「ただこれも非なり非なりと一生嘆息し心を守りて打ち置く事なく・・・この中に道
はあるなり」と言っていますしね。聖は「念々に非を知る」から「ひじり」なのだそうです。
★12月27日
 湘南のある市に仕事に行って、そばにある博物館に寄りました、入り口で「説明しましょう
か」と言われる紳士。せっかくですからお受けしました。しかし、大変恐縮ながら疲れました。
 全て「知識を教えてあげる」という調子だったからです。文物を見て私が考えを巡らせている
のが、ぷつんぷつんと切られるわけです。
 今の学校教育のよくない点が見えるようでした。
 ただ、そのあたりの風景から、源頼朝の旗揚げに際し、三浦一族が援軍の行く手を阻まれた馬
入川の位置関係が分かったことは収穫でした。
★12月21日
 元第18師団(菊兵団)参謀牛山才太郎氏にお会いし、お話しを伺いました。同氏は第二次大戦
のビルマ(ミャンマー)におけるフーコン作戦(北ビルマにおける連合軍阻止の作戦。インパール
作戦とも連動する白骨街道の戦争。フーコンとは「死」)などで敢闘され、「ああ、菊兵団」な
どの著書もあります。
お話しの中にはやはり実戦経験者でなければわからないものがあるとともに、日本の組織の持
つ問題点を文字通り体で感じた方の感懐がありました。
自衛隊の海外派遣など、複雑な問題に直面する今、日本という国家組織に昔のような問題がな
ければよいがと思いますが果たして如何に。少なくとも実情を知らず視野の狭い軍事オタク的発
想に振り回されることだけはあって欲しくないものです。その意味で、私は最近、官僚攻撃より
も、官僚よしっかりしてくれ、と言いたい気持が強まっています(もちろんその前提として、全
体の奉仕者で、国民に支えられる官僚像の実現が必要)。
 いずれにせよ、明治の貴重な人材牛山様のご健勝を祈りたいものです。
★12月19日
 知り合いのA判事が最近B地裁に転勤していきました。その知らせを聞いて自分にも経験のあ
る昔の赴任を思い出しました。
 裁判官が任地に赴く場合、先ずはその地裁が属する高裁の長官のところに挨拶に行きます。こ
れは、昔の武士が戦場に到着すると「着到状」という文書に証明をもらっていたことを思い出さ
せます。やはり裁判官は「武士」なのであり、軍部、司法部と呼ばれたのは意味があるのです。
 もっとも、韓国にもある代官の赴任の方がより似ているかもしれません。
 いずれにせよけじめをつけるのはよいのですが、現代において余り実質のない着到をやってい
たのでは国民の意識との間に乖離を生じます。
 ピシッとすることと国民の方を向くこととを一致させなければなりません。だから私は民族主
義と民主主義との調和と言うのです。
★12月15日
 仕事で福岡に来て、宗像大社を遥かに参拝。もちろん、沖ノ島は海の正倉院と呼ばれる皇室と
もかかわり深い神社です。
 ところでこの皇室の氏神ともいうべき宗像大宮司家の奥さんが鎌倉時代の2代にわたり中国宋
の人であったことは福岡以外ではあまり知られていないかもしれませんね。王氏、張氏といい、
張氏が夫の両親の菩提を弔うために建立した石造物が残っています。中世博多は、また、京都は
もとより鎌倉なども、極めて国際的な町であったことが明らかです。統制の貿易ではない「時
代」がそうさせたのでしょう。
 例えば、博多にいた中国商人が寧波(ニンポウ)の寺に道路を寄進した石碑様のものは今も寧
波に残っています。
 こうした中世人の生き方は松浦党はもちろん、葉隠にも絶対に最後の残り火として入っていま
す。葉隠にもおかしなところは一杯ありますが、この残り火を探し当てる能力を我々は身に付け
これを生かさなければと改めて思いました。
 それができて初めて、見方の狭い国粋主義からも葉隠鍋島国粋主義からも脱皮した本当の民族
主義になれるはずです。そのとき、葉隠も本当に役に立つ本になるでしょう。
★12月11日
 今日は林ますみの判決が。昨日は新潟の監禁事件の高裁判決がありました。
 私は昨日の高裁判決にまずは拍手を送りたいと思います。確かに女性を長期にわたって監禁し
たあの犯人はとんでもない人間です。しかし、だからといって下着泥棒をわざわざ立件し、それ
を懲役10年くらいに評価して10年を15年にのばすような、世論迎合の1審判決のやりかたは
邪道です。厳罰に持って行きたいなら罪刑法定主義の原則を厳守した上で立法によるべき(だか
ら立法をしっかりさせる憲法解釈をすべしというのです。上記の本参照)。今回の判決がそのけ
じめをつけたことは、司法権ここにありのさわやかさを感じさせます。
 最近の司法は行政追随がはっきり言って目立ちます。それは、(難しくしてすみませんが)明
治時代の法実証主義の厳格さを排した姿といわざるを得ません。それに対して今回の判決は久し
ぶりにさわやかな気分にしてくれるものでした。
 掲示板の徐州さんの話も、この法実証主義と自由法学という極めて法社会学的基礎にかかわる
ものです(彼が明治がわからないというのはそこだと思いますが、詳しくはまた掲示板に応答の
形で)。
★11月26日
 田辺久子さんの「関東公方足利氏四代」を読み、初代基氏がある僧に送った手紙に心打たれる
ものがありました。
 彼は足利尊氏の三男に生まれ、父尊氏と自らが猶子となったその弟直義との観応の擾乱に巻き
込まれて板挟みとなります。それがおさまると埼玉の入間川に長期対陣するなど戦乱の中に身を
置きます。
 そんな基氏が24歳の時「そもそも工夫用心何様たるべく候か 座禅の時心乱れ雑念相起こり
候事多く候 行住座臥の間、その意何体に持つべく候か 未だ工夫純一ならざるの時生死到来候
わばその時の所存何に向くべく候か」と述べます(一部割愛)。
 戦争の現実の中に身を置いて死を突き詰めて考えた武人のこんな文章をこそ勉強すべきではな
いか。
 一方で、古典というと、「源氏」だ「枕」だと王朝物を重視しますが、それはごく一部階級
の、そもそもウソの話で、この武人らの述べる事実の重みにはかなわいと思うのです。
 もちろん、様々な考えがあってよいのですが。
★11月16日
 教育基本法の改正が話題になっており、簡単に言えば愛国心の涵養といったことが問題にされ
ているようです。それはそれで結構なんですが、やっぱり基本は武士道で考えるべきでは(笑)。
 私がかつてやっていた剣道にしても弓にしても、まずは腰が大事。弓で言えば「胴作り」がし
っかりしていなければ「ねらい」は定まりません。
 まるで膏薬(こうやく)でも貼るように愛国心を持て持てと言ったって人間の心の問題ですか
らそりゃ無理というもの。持てるような国家になる基本をきちんと作ることが大切でしょう(い
わずもがなですが)。その場合、やはり葉隠の一味同心が大事だと思うんです。
★11月10日
 刑務所での暴行事件が問題になっています。私も以前、保護房など見分したことがあります
が、窓もなくノッペリでまんまるの内部は、不安感から10分もいれば気持ちが悪くなるような
ところです。
 問題の一つはそうした場所に何時、何があったら収容するかについて非公開の通達に任されて
いる点です。つまりはこの博物館の「御定書」の世界です(「今こそ死ぬことと見つけたりで
は」参照)。吉宗のしたことは現在までも尾をひいているわけです(日本国憲法には法律による
行政の原理があるのに)。
 ただし、その旧憲法の法体系で仕事をした人、例えば正木亮(あきら)先生のような方でも、
革手錠や重塀禁(軍隊でいえば営倉)の廃止を言われていたことが思い出されなければなりませ
ん。先生は自ら刑務所に入って体験した元司法省行刑局長でした。
 いずれにしても実態を国民が知ることが大事。上の「葉隠論考」には韓国の西大門刑務所のこ
とを書きましたが、韓国では小学生でもこの間まで使用していた死刑の施設を見学しているので
す。
 御上(おかみ)任せにしている国民と自分で調べる国民と、どっちが「武士」かは明らかです
よね。
★11月10日
 最近の国際関係は、北朝鮮、イラクなどなど深刻な事態。そういうときこそ心の持ち様
は・・・「慈悲の目に憎しと思う人あらじ 科のあるをばなをも哀れめ」の葉隠れ精神を基本と
したいと思います。
 例の北朝鮮からの5人の方もそうですし、中国残留孤児などもそうですが、24年のギャップ
は、こちらの側のあこがれが強かっただけに家庭内でも様々な葛藤をよんでいると思われ、大変
でしょう。でもそんな時こそ仏教武士道が生きます。
 ただし、国家間や国民と国家との関係は法律的な厳格さ、いわば儒教武士道の合理性が大事で
はないかとも思います。
 その調和は本当に難しい。
 やっぱり、結局は前者で基本的考え方を固めて、現場では儒教型ということになるのじゃない
でしょうか。
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