会津藩の武士道(近世武士道)と天文台との関係

(添付1) 1071070356.1.JPG  

ごらんのものは何かわかりますか。
 これが、この博物館の「中国の影響の具体例」としてあげてある、この場合は会津の、天文台
です。同様のものは江戸にも数箇所。全国に造られました。いずれも江戸時代中期ですが、ご覧
のとおり中国とは大きさが比べ物になりませんし、機能的にも全然違います。

 会津の場合は、会津武士道の祖・保科正之(家光の異母弟)、水戸黄門、そして、彼らの友人
(碁敵)で天文学者・渋川春海との関係が極めて深い。いずれもいわゆる国粋主義者です。
 彼らによって作られたのがこの博物館でいう(日本的)儒教主義の武士道です。
 なぜ、こうした人たちと天文学とが結びつくかというと、「日本独自の暦」を作りたいという
欲求に繋がるからです。
 しかし、いくら国粋的にといっても、しょせんは経度と緯度の関係ですから、いわば座標軸を
ずらしただけで、中国(授時暦)やそのまた元になったイスラム暦と本質的違いはありません。
 ですからこういうものを作ったから国粋だなどと考えること自体がおかしいわけです。
 亡くなった某教授は、日本はアジアで唯一独自の年号があるからすごい、などといわれていま
したが、その年号を持つという文化の中にいて、実は国粋も何もありません。
 我々は、何が一体、本当に独自のものなのか、それはやはり「身の丈」に合わせるということ
ではないのか考えたいと思います。
 詳しくはホームページの拙著「葉隠論考」をご覧下さい。
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